走行距離 380キロ

さて、いよいよこの旅の目的でもある魚梁瀬杉に逢いに行く。文中に『逢い』と言う字を使用したのは山の仙人に逢う気持ちと期待を込めてあえて使用している事を追記しておく。
AM8時ホテルの車庫に停めておいた車も800キロ近く走ったため所々が汚れてきた。昨日と同じように周囲を軽く拭いてエンジンをかけた。人間には疲れがあっても車はいつもと同じテンションでエンジンに火が点いた。
今日のナビゲーションの目的地にはまず安芸郡馬路村と入力する。平日の高知市内は渋滞していた。100メートル先の信号を越えるのに3回も待つ羽目になった。追い抜かされる路面電車に見とれながら東に向かって海岸線を走った。わかり易く表現すると、四国の周囲を底辺から反時計回りにコースを取る格好だ。途中、後免町(ごめん)なんて書いてある街を通過し、海沿いを進めた。

ただし、途中舗装をしていません・・とも付け加えて。

しばらく舗装は続いたが、道路には山の上から落ちてきたであろう小さいが、石ころとは呼べない鋭い形をした岩のカケラがあちこちに散乱していた。タイヤで踏まないようにスピードも緩めながらさらに進めた。もしかしたら『来るのではなかった』 と後悔する心配さえ出てきた。
舗装も途絶えた。ここからは砂利道である。エアサスを装備した車の車高を5センチほど高くしてスピードを緩めて進めた。すると、まもなくタイヤ付近から甲高い『キーッ』という音が出始めた。まるでディスクブレーキのパッドが無くなったかのような音だ。車を停めてエンジンを切る。聞こえてくるのは渓谷の水の音。後は静まり返っていた。タイヤ周辺を見てみるが素人の私に原因は判らず、再びエンジンをかける。ゆっくりと車を走らせると再びその引きずるような音が出始めた。ここまで1000キロの道のりを走って目的の場所までもうすぐ。原因がわからない不安とともに走り続けた。急なカーブを曲がったところで道幅が急に広い場所に出た。車を停めるとそこが千本山の登山道の入り口である事が判った。『やっときた!』自分の中で喜び半分と帰りの車の心配事が半分を占めていた。

今、目の前にあるのが、まぎれも無く『魚梁瀬杉』なのだ。

ただ呆然と上を見上げた。通称『鉢巻落とし』 と呼ばれる由縁。身体をのけぞるように見上げていた。そこから始まる千本山の登山道。最初の15分は細い丸太で組み上げた木道階段になっており比較的登りやすい。そして息が上がるほどの処からは山頂への矢印のみを宛てにしながら山道が続いている。すでにリュックを背負った背中はびっしょりと汗で濡れていた。
自分の息使いと枝葉を踏みつける音のみが聞こえる。時々山リスも見かけた。
『親子杉まで500メートル』という標識があった。山頂までは一時間以上歩くようだ。
今日のこれからの行程も考えて、目的地を『親子杉』として登り続けた。傾斜も少しずつ急になってきた。休憩を取りながら40分程で中腹の踊り場のような処にでた。

周りの杉も幹径が2メートル以上の大木だった。
携行した水をゴクリと飲み、敬意を込めて『親子杉』の根本にも水をかけてあげた。資料によれば樹齢200年以上。そしてこの先何十年、いや何百年もずっと静かに立っている事だろう。ここの杉達にとってはまだまだ成長期なのかもしれない。
東京から約1000キロ。ついに念願を果たした。魚梁瀬の大木に触れてみて、日本の国土の美しさと大自然の営みに感動した。
最後にもう一つ。タイヤ付近から鳴り響いていた『あの異音』は、馬路地区を出た瞬間音は消え、何事も無く帰ることができた。千本山のスピリチュアルなのか・・・