3日目 (高知市〜魚梁瀬〜徳島県美馬市〜神戸)
走行距離 380キロ
終日のドライブを続けて3日目になると疲れも出てきた。今朝も良く晴れており、宿泊したホテルの最上階から見下ろす高知市内も景色がすばらしかった。
さて、いよいよこの旅の目的でもある魚梁瀬杉に逢いに行く。文中に『逢い』と言う字を使用したのは山の仙人に逢う気持ちと期待を込めてあえて使用している事を追記しておく。
AM8時ホテルの車庫に停めておいた車も800キロ近く走ったため所々が汚れてきた。昨日と同じように周囲を軽く拭いてエンジンをかけた。人間には疲れがあっても車はいつもと同じテンションでエンジンに火が点いた。
今日のナビゲーションの目的地にはまず安芸郡馬路村と入力する。平日の高知市内は渋滞していた。100メートル先の信号を越えるのに3回も待つ羽目になった。追い抜かされる路面電車に見とれながら東に向かって海岸線を走った。わかり易く表現すると、四国の周囲を底辺から反時計回りにコースを取る格好だ。途中、後免町(ごめん)なんて書いてある街を通過し、海沿いを進めた。
55号線から奈半利町役場を左折して山道に入っていった。道幅は5メートル程。奈半利川沿いをひたすら登っていく。5分ほど進めると対向車で来たのは原木を積んだトラックだ。単なる名所観光であればすれ違うトラックなどには見向きもしないが、切り出され運ばれる杉の丸太に眼が留まった。太さ1尺以上はどれもあるだろう。そこから走る事およそ小一時間。ようやく魚梁瀬ダムに到着。そこからまもなくして魚梁瀬森林保養センターのある小さな集落に到着。ENEOSと言う看板に親しみを感じて、スタンドの人に声を掛けた。『魚梁瀬杉を見に来たのですが・・』と言う質問に 彼はこの先まだ10キロほど山道が続くと教えてくれた。
ただし、途中舗装をしていません・・とも付け加えて。
道幅は3メートルほどになっていた。所々で対向車とすれ違う為の待避スペースを使用しながら車を進めていった。緑はどんどん濃くなり、すぐ脇にある川の巾は細くなり『サラサラ』と聞こえた水の音も『ザー』という渓谷のような音に変わっていた。カーステレオをOFFにして窓を開けてカーブの先からいつ現れるかわからないトラックの音に耳を傾けながら、心臓の高まりを覚えた。すでに携帯電話は圏外になっていた。
しばらく舗装は続いたが、道路には山の上から落ちてきたであろう小さいが、石ころとは呼べない鋭い形をした岩のカケラがあちこちに散乱していた。タイヤで踏まないようにスピードも緩めながらさらに進めた。もしかしたら『来るのではなかった』 と後悔する心配さえ出てきた。
舗装も途絶えた。ここからは砂利道である。エアサスを装備した車の車高を5センチほど高くしてスピードを緩めて進めた。すると、まもなくタイヤ付近から甲高い『キーッ』という音が出始めた。まるでディスクブレーキのパッドが無くなったかのような音だ。車を停めてエンジンを切る。聞こえてくるのは渓谷の水の音。後は静まり返っていた。タイヤ周辺を見てみるが素人の私に原因は判らず、再びエンジンをかける。ゆっくりと車を走らせると再びその引きずるような音が出始めた。ここまで1000キロの道のりを走って目的の場所までもうすぐ。原因がわからない不安とともに走り続けた。急なカーブを曲がったところで道幅が急に広い場所に出た。車を停めるとそこが千本山の登山道の入り口である事が判った。『やっときた!』自分の中で喜び半分と帰りの車の心配事が半分を占めていた。
とりあえずトランクを開けてリュックサックを取り出し、登山用の靴に履き替えて山を登ってみる事にした。釣り橋を渡ると正面に看板があった。『 千本山の大杉』と書かれていたが瞬間理解が出来なかった。なにしろ正面の壁に見えたものが木の幹の部分だったのだ。半歩下がって上を見上げて理解した。樹高はおよそ54メートル。幹周りは6.8メートル 樹齢は200年以上・・
今、目の前にあるのが、まぎれも無く『魚梁瀬杉』なのだ。
その場所にどれくらい居たのだろうか。
ただ呆然と上を見上げた。通称『鉢巻落とし』 と呼ばれる由縁。身体をのけぞるように見上げていた。そこから始まる千本山の登山道。最初の15分は細い丸太で組み上げた木道階段になっており比較的登りやすい。そして息が上がるほどの処からは山頂への矢印のみを宛てにしながら山道が続いている。すでにリュックを背負った背中はびっしょりと汗で濡れていた。
自分の息使いと枝葉を踏みつける音のみが聞こえる。時々山リスも見かけた。
『親子杉まで500メートル』という標識があった。山頂までは一時間以上歩くようだ。
今日のこれからの行程も考えて、目的地を『親子杉』として登り続けた。傾斜も少しずつ急になってきた。休憩を取りながら40分程で中腹の踊り場のような処にでた。
そして、そこに『親子杉』が悠然と立っていた。入り口で見た大杉も立派だがこの『親子杉』 も名前の通り一本の幹から太い親木と、もう一本細いが真っ直ぐ伸びた子木であった。
周りの杉も幹径が2メートル以上の大木だった。
携行した水をゴクリと飲み、敬意を込めて『親子杉』の根本にも水をかけてあげた。資料によれば樹齢200年以上。そしてこの先何十年、いや何百年もずっと静かに立っている事だろう。ここの杉達にとってはまだまだ成長期なのかもしれない。
東京から約1000キロ。ついに念願を果たした。魚梁瀬の大木に触れてみて、日本の国土の美しさと大自然の営みに感動した。
最後にもう一つ。タイヤ付近から鳴り響いていた『あの異音』は、馬路地区を出た瞬間音は消え、何事も無く帰ることができた。千本山のスピリチュアルなのか・・・